石油などエネルギー資源の海上輸送事業を担う旭タンカー株式会社では、業界課題である人手不足が深刻化しており、乗組員の労務環境改善に注力する中で従来からの課題である「海上での通信環境」に着目。インターネットにつながりにくい環境が、乗組員の満足度を低下させてしまう一つの要因であったことから、低軌道衛星通信サービス「Starlink Business」を導入しました。これにより、乗組員は余暇時間にインターネット経由での娯楽が可能となり、船内生活の質を大きく向上させることに成功しました。また、さまざまなデジタルツールを海上で活用できるようになったことで業務効率化も実現しました。
「『Starlink Business』で海上でも通信が可能であると、乗組員の採用時にもアピールさせていただいてます」
旭タンカー株式会社 船員部 船員育成チームリーダー 野村 宏祐 氏
石油・ケミカル製品などの海上輸送サービスを担う旭タンカー株式会社(以下、旭タンカー)。国内事業部門においては、日本全国の沿岸地域を対象に海上輸送を展開しており、国内トップクラスのグループ内航船隻数を有しています。そうした中、同社は日本人乗組員を自社の海上従業員として多く雇用し、自社配乗による内外航船の運航を強みとした「安心・安全」なエネルギー輸送を提供しています。
しかし、多くの業界が抱える人手不足の問題は、内航海運業界においても深刻化しています。乗組員の高齢化や若手が定着しにくいという傾向は、旭タンカーにとっても重要な経営課題となっており、その解消のためのさまざまな取り組みが行われています。
「コロナ禍もあり、DXの推進や働き方改革などは強く推進してきました。また世界初の『ピュアバッテリー電気推進タンカー』の開発にも取り組み、これまで快適とは言い難かった『船の振動』や『重油の臭い』といったタンカー特有の労務環境の改善に貢献しています。こうしたシンボリックな船を作ることで、乗組員が快適に働ける環境を提供し、当社の認知度向上にもつながっています」(大泉氏)
一方で、旭タンカーで乗組員の採用を担当する野村氏は、採用の現状について次のように語ります。
船にて作業を行う旭タンカーの乗組員
「さまざまな取り組みを通して、乗組員の若手採用は改善傾向にあります。しかし、やはり少子化ですので、将来的には若手の採用も難しくなってくると考えています。ベテランと若手の間の中間層の不足感もあり、早く若手を定着させ育成していかなければなりません。
タンカーの乗組員は『大変そう、しんどそう』というイメージが根強いだけでなく、ほかの船では陸上スタッフが対応する荷役も、タンカーの場合は乗組員が石油製品などの液体貨物の積み下ろし作業に携わるため『忙しい』『キツイ』という印象が拭えません。実際に海技者の養成学校を訪問しても、学生の中にそのような印象があると聞くので、業界をあげてタンカーの魅力や社会的意義のある仕事だと伝えていく必要があります」(野村氏)
乗組員の採用を難しくしている要因の一つに「海上での通信環境」があります。内航海運においては沿岸部を航行する際に、陸上から発せられる通信キャリアの電波を拾えることがありますが、あまり電波は良好ではありません。
「乗組員にとって、友人や家族と連絡が取れないことは大きなストレスです。特に若い世代はデジタル時代の中で育っていますから、動画を見たり、SNSを利用したいという希望が叶わなくなることはモチベーションに大きく影響します。
例えば、東京から名古屋に行く場合、約16時間かかるうちの約10時間は電波が良くない状態になります。海上ならば『つながらないのが当たり前』という状況を、どうにかして改善しなくてはいけないと感じていました」(大泉氏)
乗組員はわずかな電波をつかもうと船室の窓際でスマートフォンをかざすが、場所によっては通信ができない
さらに、通信ができない環境は業務にも影響を及ぼしていたと野村氏は語ります。
「業務メールのやり取りをとってもタイムリーに送受信することができないので、総じて乗組員との連絡は取りにくくなります。また、労務管理ソフトをインターネットを通じてクラウド上に保管しているのですが、乗組員が勤務実績などを更新したくても電波がないので入力できないため、労務管理をしている陸上社員から見ても情報が更新されておらず運用しにくい状況でした」(野村氏)
2022年に船員法が改正され、船員の労務管理に関しては非常に厳しくなったという背景もあり、よりリアルタイムで厳密な管理が現場には求められています。通信ができないことで、業務過多や長時間労働があっても気付きにくいという課題もあり、通信環境の整備がより重要になっていました。
船には船電話の設置はあるものの業務目的としての利用に限られており、インターネットにつなぐためには陸上の通信キャリアの電波を拾うしかなく、全国の沿岸を航行する旭タンカーの船にとって『通信エリアに制約がある』点は改善されていませんでした。そうした中で低軌道衛星通信サービス「Starlink Business」のサービスが開始され、同社でも注目していたと言います。
「低軌道衛星通信の技術が、内航船にも導入できないかと強い関心を抱いていたところ、『Starlink Business』が海上でも利用可能であることが分かり、ソフトバンクさんからご提案をいただき具体的な検討を進めました。一番の懸念点はやはりコストですね。従来と比べると大幅なコストの増加になります。しかし、海上用プランを提供するほかの通信会社の価格条件とも比較した結果、ソフトバンクさんのご提案が一番コストメリットがあり、契約に至りました。導入に向けた準備もしっかり伴走してくださったので有難かったです」(大泉氏)
最終決定前にはトライアルも実施し、同社が所有する内航タンカー「Sunny Dream」に実機を設置。約1カ月間を通して通信速度・容量や安定性の確認、そして使用感など乗組員からのフィードバックを収集しました。
「乗組員には普段陸上にいるときと同じように通信を利用してもらい、1カ月間のデータ使用量などを確認しました。12名程度で乗船することが多いのですが、家庭やオフィスといった陸上での使用に劣らない通信速度が得られること、各乗組員が自由に通信をしても1TBの月間容量※1で十分に対応できることが分かりました。ただし、使い方次第では容量不足の懸念が出てきますので、その部分は今後ソフトバンクさんから容量管理ソリューションなどの提案をいただく予定です」(大泉氏)
※1 マリンプラン「M」を契約の場合、データ容量上限が1TBとなります。(2025年1月現在)
トライアルを経て、旭タンカーが保有・管理する内航タンカー5隻への導入が完了しました。アンテナの設置は非常に簡単で、乗組員が取り付けを行った船もありました。
「船が港に停泊したタイミングで設置工事を行いました。取り付け作業が簡単なのも魅力の一つですね。トライアル時は電源の配線の兼ね合いで作業日数は2、3日かかりましたが、スムーズにいけば1日ほどで設置できたと思います。いずれも船橋上部の空が開けた場所へアンテナを設置しているので、衛星の電波も問題なく受信できています」(大泉氏)
「Starlink Business」のアンテナ取り付けを行った旭タンカー保有管理船「旭竜丸」の船橋(ブリッジ)部分
衛星から電波を受信後、船内のWi-Fiを経由して各部屋へ電波をつなぎ、業務用PC・業務用携帯電話・乗組員の私用スマートフォンなどでインターネットを利用しています。「Starlink Business」の導入により海上でも高速で安定した通信が可能となり、プライベートでの利用だけでなく、業務でも大きな変化がありました。
「課題にも挙げた業務メールの送受信や労務管理ツールなどが、リアルタイムに使えるようになりました。また業務データの受け渡し時に利用するクラウドサービスも問題なくできる環境になったことで、今後の業務効率化につながっていくと感じます」(野村氏)
旭タンカーの乗組員である三橋氏は、「Starlink Business」が取り付けられた船での業務を経験し、そのメリットについて次のように語りました。
「業務では、気象アプリの閲覧や検索などが可能になり、最新の気象情報を基に作業の想定がしやすくなったと感じています。プライベートでは、SNSや動画の視聴であったり、家族や友人への連絡もつきやすくなって、自宅にいるときと同じようにスマホが使えるようになりました」(三橋氏)
ほかにも、「海上で使用するにはほかにない最高のものだ」「良い意味で、陸上と差を感じないほど快適だった」という乗組員の声もあり、現場でもしっかりと導入効果を実感しています。
「本取り組みを発信したところ、ほかの船会社からも問い合わせをいただいて、非常に影響力の大きい取り組みだったと改めて感じました」
旭タンカー株式会社 国内事業第二部 事業開発チームリーダー 大泉 親 氏
スマ-トフォンを見ながら談笑する乗組員
「特に若い乗組員からは『家族や恋人、仲間に会えない』『娯楽がない』といった声が多く聞かれます。なので長期間通信が遮断されるというのは、我々が想像する以上に過酷な環境なので、こうした声を聞くと『Starlink Business』を設置して良かったなと感じます。
本取り組みについて、当社からもプレスリリースを出したのですが、ほかの船会社からも問い合わせをいただいて、非常に影響力の大きい取り組みだったと改めて感じました」(大泉氏)
また乗組員の採用面でも、『Starlink Business』の導入を早速PRをしていると野村氏は語ります。
「学校訪問や企業説明会などでも、学生さんの方から『通信環境ってどうなんですか』という話をよくもらいます。それを聞くたびに、やはりつながっていることは大事なんだなと痛感していたので、『Starlink Business』を導入したことで海上でも問題なく通信が可能である点は、アピールさせていただいてます」(野村氏)
働き方や船内生活の質を重視する採用希望者に対して強く訴求できるアイテムとして、「Starlink Business」を活用して同社の認知度を高めることが人手不足の一助となると期待されます。
海上での通信環境が大きく改善されたことで、これまで難しかったDX(IoT技術の導入や業務の電子化推進)も進むことが期待されます。旭タンカーでは陸上側と紙ベースでやり取りをしていた書類を既存のデジタルツールなどに置き換えて、承認フローも含めて電子化する計画です。そして何よりも、本業である「安心・安全」なエネルギー輸送にも活用していきたいと大泉氏は続けます。
インタビューに応える大泉氏
「やはり我々の業務は『安全が第一』なので、DXを通して安全面の強化をさらに促進できればと考えています。何時でも通信が可能な環境があることは非常に重要なことです。
また、海上であっても安全教育の一環としてeラーニングを活用するなど、デジタル学習ツールの利用も検討していきたいです。DXが進むことによってこれから業務の可能性はとても広がると思っています。
まずは当社保有の内航船への設置が完了した段階なので、これから本活動を関係会社含めてさまざまな船会社へ広めていき、労務環境が改善されることで当社以外の乗組員の方々にもハッピーになってほしいと考えています」(大泉氏)
今後もさまざまな技術を取り入れて、業務効率や安全性の向上、そして何よりも乗組員の快適な環境づくりに力を注ぐ旭タンカー。同社の挑戦は今後も続いていきます。
お話を伺った方
旭タンカー株式会社 国内事業第二部 事業開発チームリーダー
大泉 親 氏
旭タンカー株式会社 船員部 船員育成チームリーダー
野村 宏祐 氏
旭タンカー株式会社 旭竜丸 甲板手
三橋 駿輝 氏
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